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東京地方裁判所 平成元年(ワ)4610号 判決

原告

東洋製鞄株式会社

右代表者代表取締役

佐藤俊之

右訴訟代理人弁護士

藤本勝也

右訴訟復代理人弁護士

泉進

右輔佐人弁理士

大塚明博

小林保

被告

ジャーデイン

マセソン株式会社

右代表者代表取締役

ロジャー・ブライアン・ウィルソン

右訴訟代理人弁護士

藤木美加子

関根秀太

右訴訟復代理人弁護士

近藤早利

右輔佐人弁理士

河野昭

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、三億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、次の商標権(以下「本件商標権」といい、その登録商標を「本件商標」という。)を有している。

登録番号 第一七七五二八七号

出願 昭和五七年一月七日

公告 昭和五九年一〇月一一日

登録 昭和六〇年五月三〇日

商品の区分 第二一類

指定商品 かばん類、袋物、その他本類に属する商品

登録商標 本判決添付の商標公報(商標出願公告昭五九―七四八三五)記載のとおり

2  被告は、訴外ハンティング・ワールド・インコーポレーテッド(以下「ハンティング・ワールド社」という。)から、タグに別紙目録記載のとおりの「BATTUE」なる標章(以下「被告標章」という。)を附したボストン、ショルダー、ブリーフ、クラッチ、ポーチ、ワレット、(財布)、キャリーオン、ゴルフ、トランク、フォトフォーリィ、アタシュ等のバッグ(以下「本件バッグ類」と総称する。)を輸入して販売している。

3  被告標章は、本件商標に類似し、また、本件バッグ類は、本件商標に係る指定商品の範囲に属する。

4  被告は、本件バッグ類の輸入販売が本件商標権を侵害することを知り、又は過失によりこれを知らないで、本件バッグ類を輸入販売したものであるから、これにより原告が被った次の損害を賠償すべき義務がある。

(一) 被告は、昭和六一年一月一日から同六三年一二月三一日までの間に、被告標章を附したバッグ類を昭和六一年度は一三億円相当、同六二年度は一四億三〇〇〇万円相当、同六三年度は、一五億円相当、合計四二億三〇〇〇万円相当輸入販売した。

(二)(1) 原告が、被告に対し、本件商標権について通常使用権を許諾するならば、その許諾料は、売上利益の五〇パーセントであるところ、被告は、右許諾を受けることなく、本件バッグ類を輸入販売したものであるから、原告は、被告の右行為により、通常使用権を許諾した場合に被告から支払いを受けるべき許諾料の支払いを受けることができず、同額の損害を被った。そして、被告の売上利益は、その売上高の三〇パーセントを下らないから、原告は、右(一)の期間中に、合計六億三四五〇万円(四二億三〇〇〇万円×五〇パーセント×三〇パーセント)の損害を被ったものである。

(2) 仮に(1)が認められないとしても、原告は、商標法三八条二項の規定により、被告に対し、本件商標の使用に対し通常受けるべき金銭の額の相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができるものである。そして、本件商標の使用に対し通常受けるべき金銭の額は、上代価格による売上高(下代価格は上代価格の六〇パーセントとして計算する。)の五パーセントが相当であるところ、被告の前(一)の期間中における上代価格による売上高は七〇億五〇〇〇万円であり、本件バッグ類はそのうちの九〇パーセントを占めるから、原告が受けるべき使用料相当額は、三億一七二三万円(七〇億五〇〇〇万円×九〇パーセント×五パーセント)であり、原告は、これを自己が受けた損害としてその賠償を請求することができる。

(3) 仮に(2)が認められないとしても、同条一項の規定により、被告が本件バッグ類の輸入販売行為により利益を受けているときは、その利益の額は、原告が受けた損害の額と推定されるものである。そして、被告の本件バッグ類の輸入販売行為による利益は、上代価格による売上高の五パーセントを下らないから、被告が前(一)の期間中に得た利益の額は、三億五二五〇万円(七〇億五〇〇〇万円×五パーセント)であり、これが、原告の損害となる。

5  よって、原告は、被告に対し、本件商標権に基づき、損害のうち三億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1ないし3の事実は認める。同4の事実は否認する。

三  抗弁

1  先使用

(一) ハンティング・ワールド社は、次のとおり、本件バッグ類について先使用による被告標章を使用する権利を有している。

(1) ハンティング・ワールド社は、ウレタンコーティングしたナイロンオックスフォードの表地に、厚さ一mmないし三mmのウレタンを貼りつけ、更に、裏からナイロンジャージを貼り合わせた三層からなる素材(以下「本件素材」という。)を開発し、フランス語である種の狩猟法を意味する「battue」にヒントを得て、これを「BATTUECLOTH」と名付けた。

(2) ハンティング・ワールド社は、昭和五二年二月二日、株式会社サンフレール(以下「サンフレール」という。)と輸入総代理店契約を締結し、その頃から、サンフレールを通じて、日本国内において、本件素材を使用した本件バッグ類の販売を開始した。ハンティグ・ワールド社は、タグに被告標章を附した本件バッグ類をサンフレールに輸出し、同社をして、これを販売させ、また、本件バッグ類の宣伝広告に「BATTUE CLOTH」なる標章又は「バチュークロス」なる標章を附させた。このように、ハンティング・ワールド社は、不正競争の目的でなく、本件バッグ類について、特徴ある本件素材の名称である「BATTUECLOTH」又は「バチュークロス」なる標章及び被告標章と本件バッグ類とを常に結びつけて宣伝広告し、また、販売していたため、被告標章は、原告が本件商標の商標登録出願をした同五七年一月七日には、同社の業務に係るバッグ類を表示するものとして、需要者の間に広く認識されるに至っていた。

(3) ハンティング・ワールド社とサンフレールとの間の輸入総代理店契約は、昭和五七年秋に終了したが、ハンティング・ワールド社は、同年一一月三日、被告と引き続き輸入総代理店契約を締結し、被告を通じて、日本国内において、本件バッグ類の販売を継続しているが、従前と同様に、タグに被告標章を附した本件バッグ類を被告に輸出し、被告をして、これを販売させ、また、本件バッグ類の宣伝広告に「BATTUECLOTH」又は、「バチュークロス」なる標章を附させている。

(二) 被告は、右(一)(3)のとおり、ハンティング・ワールド社との輸入総代理店契約に基づき、同社が被告標章をタグに附した本件バッグ類を輸入販売しているものである。

2  原材料の表示

ハンティング・ワールド社は、右1(一)(1)のとおり、本件素材を「BATTUECLOTH」と名付けたのであるから、本件素材を使用した本件バッグ類のタグに附している被告標章は、本件バッグ類の原材料を表示しているものである。そして、カバン袋物類においては、素材の特徴が直接商品そのものの特徴となりうるものであるから、商品自体又はその宣伝広告に素材を表示することが、一般に行われているのである。したがって、被告標章は、本件バッグ類の原材料を普通に用いられる方法で表示する標章であるから、これについては、本件商標権の効力は及ばないというべきである。

四  抗弁に対する認否

抗弁1及び2の事実は否認する。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

二抗弁1について判断する。

1 当事者間に争いのない右一の事実に、〈書証番号略〉及び証人加藤裕之の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) ハンティング・ワールド社は、狩猟用バッグの専門店として、一九六五年(昭和四〇年)に設立された米国法人であるが、旅行や野外活動用品の素材として、本件素材を開発し、フランス語である種の狩猟法を意味する「battue」にヒントを得て、これを、「BATTUECLOTH」と名付け、遅くとも一九七四年(同四九年)には、米国内において、本件素材を使用したバッグ類を販売していた。

(二) ハンティング・ワールド社は、昭和五二年二月二日、サンフレールと輸入総代理店契約を締結し、その頃から、サンフレールを通じて、日本国内において、本件バッグ類の販売を開始した。ハンティング・ワールド社の本件バッグ類には、円の中央に象の図柄をあしらい、その左上に「HUNT-ING」、右下に「WORLD」の各文字を配置した同社の標章がその本体に附されているほか、表面に右標章を附し、裏面に被告標章を附したタグが下げられていた。

(三) サンフレールは、本件バッグ類の販売のために、カタログを作成し、株式会社婦人画報社発行の「MEN’S CLUB」一九七七年(昭和五二年)一二月号、産報出版株式会社発行の「フィッシング」同月号別冊等の雑誌に本件バッグ類の広告を掲載した。また、本件バッグ類は、バッグの価格としては比較的高額であり、かつ、用途において一般向けの商品として取り扱われていなかったが、特徴のある素材を使用していたため、雑誌社等の取材を受けることもあり、右取材により、例えば、産報出版株式会社発行の「フィッシング」同五三年二月号、「月刊シューティグ★ライフ」同五四年七月号、中央公論社発行の「別冊暮しの設計五号」(同五五年一二月発行)、株式会社講談社発行の「世界の一流品大図鑑」80年版(同年五月発行)等の雑誌に本件バッグ類が紹介された。そして、サンフレールが同五六年頃に約五〇〇〇部作成した、本件バッグ類を含むハンティング・ワールド社製の各種商品のカタログには、「バチュークロス フランスで生まれた新しい素材をバッグに生かしています。ウレタンコーティグをしたナイロンオックスフォードの内部に一mmの厚さのウレタンをはさみ、裏にナイロンジャージーを張った三層の布。防水・断熱でショックに強くその独特な風合いと感触が、いま、新しいファッション感覚と注目されています。バチューとはフランス語で“狩り”とか“皆殺し”の意。“バチュークロス”はHUNTTING WORLDでのみ使われている名称です。」との記載があり、また、右広告及び紹介記事には、本件バッグ類の写真を掲げ、その説明として、「Bはオリジナル・バトー・クロスー軽量で、熱や冷気にも強い、完全防水の三層構造素材―製」、「オリジナル・バチュ・クロス:表皮はウレタンをコートしたナイロン。一mm厚のウレタンフォームを中にはさみ、内はなめらかなナイロンで被っています。」、「写真右はオリジナル。バチュ・クロス、ウレタンをコートしたナイロン地に一mm厚のウレタンフォームを中にはさみ、内側はなめらかなナイロン。」、「オリジナル・バチュクロスの表皮は軽量で熱や冷気にも強く、完全防水の重構造で探検隊用である」、「軽くて機能的なバッチュークロスの旅行バッグ」等の記載がされている。

(四) サンフレールは、ハンティング・ワールド社から本件バッグ類を輸入し、直営店であるホテルニューオータニ「サンローゼ赤坂」において、これを販売したほか、昭和五二年一二月頃には、東京、大阪及び福岡の三都市に所在する四店舗、同五三年頃には、東京、横浜、名古屋、大阪、札幌及び福岡の六都市に所在する八店舗、同五五年頃には、全国約二〇都市に所在する三〇余の店舗、更に、同五六年頃には、五五店舗において、本件バッグ類を販売してきたものであり、右店舗の拡大に伴い、売上も次第に増加した。ちなみに、同五四年当時のハンティグ・ワールド社とサンフレール間の代理店契約に基づくサンフレールの最低輸入額は三〇万ドルであり、また、同社の最低広告料は三万ドルとされていた。

(五) ハンティング・ワールド社とサンフレールとの輸入総代理店契約は、昭和五七年秋に終了したが、ハンティング・ワールド社は、同年一一月三日、被告と引き続き輸入総代理店契約を締結した。被告は、サンフレールと同様に、ハンティング・ワールド社から本件バッグ類を輸入して、これを販売した(昭和六〇年、六一年頃には、直営店を含めて、東京、大阪等全国一四都市に所在する三〇前後の店舗において、販売していた。)。

以上の事実が認められる。

2 右認定の事実によれば、ハンティング・ワールド社は、原告の本件商標に係る商標登録出願の日である昭和五七年一月七日前から、日本国内において、不正競争の目的でなく、その商標登録出願に係る指定商品の範囲に属する本件バッグ類について本件商標に類似する被告商標の使用をしてきた結果、その商標登録出願の際、現に、被告標章は、ハンティング・ワールド社の業務に係る本件バッグ類を表示するものとして需要者の間に広く認識されているものであり、かつ、ハンティング・ワールド社は、継続して本件バッグ類について被告標章の使用をしているものと認められるから、ハンティング・ワールド社は、本件バッグ類について被告標章の使用をする権利、すなわち、先使用権を有するものというべきである。また、右認定の事実によれば、右ハンティング・ワールド社の先使用権の内容をなす被告標章の使用というのは、輸入総代理店であるサンフレール又は被告に対して本件バッグ類を輸出(販売)するについて被告標章を使用するものであるから、右被告標章の使用の中には、輸入総代理店であるサンフレール又は被告を通じて、日本国内の店舗において本件バッグ類を販売するについて被告標章を使用することを含むものである。したがって、被告は、右ハンティング・ワールド社の先使用権の範囲に属する行為として、同社から本件バッグ類を輸入して日本国内の店舗においてこれを販売するについて被告標章を使用しているものといわなければならない。

3  なお、〈書証番号略〉(アンケート調査と回答)によれば、原告のアンケート調査に応じた五一名のうちの五〇名が、昭和五七年一月頃の時点において、「BATTUE CLOTH(バチュークロス)」を知らなかった旨回答したことが認められ、右認定の事実によれば、右回答者は、その回答のとおり「BATTUE CLOTH(バチュークロス)」を知らなかったものといわざるをえないが、前1の認定事実によれば、前2とおり、被告標章は、ハンティング・ワールド社の輸入総代理店に対する本件バッグ類の販売の業務に係る商品を表示するものとして需要者の間に広く認識されているものと認められるところであって、右の認定事実は、この認定を左右するに足りないものというべきである。また、〈書証番号略〉(報告書)によれば、原告と取引関係にある業者の報告書に、原告が、昭和五三年頃から、自社製のバッグに「BATTUECLOTH」の標章を附して販売していることを知っていること、他方、ハンティング・ワールド社が自社製のバッグに「バチュークロス」の標章を附して販売していることは知らないか、知っていても、その時期は昭和五八年頃以降であることが記載されていることが認められるけれども、右に説示するところと同様、右認定の事実は、前2の認定を左右するに足りないというべきである。

三以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官清永利亮 裁判官宍戸充 裁判官髙野輝久)

別紙〈省略〉

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